perfectly imperfect

新卒を捨てマルチに活躍するフリーランスになる話

誕生〜高校時代まで

[現在の文岡茜ってどんな人?]

 

関西外国語大学4年生、堺市在住。(2017/09/07現在)

 

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 Photo by Akane Fumioka

 

 

  • My passion is doing photography.
  • ジャーナリズムとアートと人類学的要素を掛け合わせた写真を撮りたい
  • プロの写真家になりたい
  • ミニマリスト
  • 卒業後はフリーランスとしてできるだけ早く日本から脱出したい
  • そのための準備というか、方法を必死に模索してます(ブログもそのひとつ)
  • 感情の起伏が激しい
  • のわりにセンシティブ
  • だいたい自分の部屋にいるときはBill Evan流してます
  • 整理整頓が得意、モットーは断捨離
  • よく緊張するタイプ
  • 一人行動よくします、団体行動できません
  • 自分の時間が必要なタイプ
  • サーフィン(やったことない)とスノボー(4回くらいアメリカのバーモントでやった)やりたい
  • ウクレレ弾けるようになりたい(まだ持ってもない)

 

[おぎゃーと生まれました]

 

1995年3月26日 大阪府堺市にて誕生

 

[幼稚園時代]

 

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母親の後ろに隠れているような引っ込み思案。

地元の幼児向けのプール教室に行っていたのにもかかわらず

プールが嫌いで、先生に抱きついてずーっと泣いているような子でした。

 

[小学校時代]

 

幼稚園のころからずーっと一緒の幼馴染と同じクラスで

1・2年生は特に問題なく過ごしていたような(あんまり覚えてない)。

 

その子が3年生の時に千葉に転校。

それはそれはショッキングな出来事でした。

 

それがあってか3年生くらいから凶暴化していきます。

男の子とよく喧嘩していたような気がします。

 

でもこのころの残ってる動画とか見てたら

普通に女の子してて、かわいいんすよね。笑

親とか大人とかにはええ顔して

裏では人のこと殴ってるやつですよ。

 

4年生あたりからひねくれ始めます。

4〜6年生は人のことをいじめていました。

 

自分が他人より優れていたい・強いと感じていたがために

していた行為でした。

相手の気持ちも考えずに。

 

そうすることでしか自分の存在価値を認められなかった

弱い心を持った、ひねくれものでした。

 

「人間関係は鏡の関係。人生はブーメラン。」

というように、自分がしてきたこと(いじめ)が

中学時代・高校時代に容赦なくぶん殴りかえってきます。

 

[中学校時代]

 

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友達が作りたいと思い、楽器に興味があったので吹奏楽部に入部。

オーボエがやりたかったのですが、通っていた中学校になかったので

クラリネットパートに所属し、ピーピーゆわせてました(全然うまくなかった)。

無駄に負けず嫌いだった私は他の子よりも全然うまく音を鳴らすことがなく

教えてくれてた先輩の前で悔し泣きしました(まあなんてピュアな)。

 

1年生の夏休みの時に

先輩たちはサマーコンクールのために合奏をしていました。

その間一年生は自主練。

先輩たちがいないことをいいことに夏休みの宿題をやってました。

 

案の定ばれて、そこから先輩・同学年の子から孤立した生活が始まりました。

自分だけハブられたり、話しかけても無視されたり

そんなことが日常茶飯事でした。

 

2学期目が始まってから

クラスの真面目な子に目立つ子が宿題をやらせていたことを知り

(無駄な)正義感から先生に報告。

そこから目立つ子たちに目をつけられます。

 

ある日教室に別の教室から帰ってくると

自分の机だけ爆発してました。笑

机が蹴飛ばされ、中にあったものは床にぶちまけられ

頑張ってやった英語の宿題のプリント2〜3枚がビリビリに破かれてました。

 

その当時から英語が好きだったので

すかさず職員室に行って、新しいプリントをもらいにいった記憶があります。

(どんだけ真面目やねん)

 

2年生は良い担任の先生とクラスの子たちに恵まれ

わりと楽しい1年間を過ごしたような(気がする)

 

3年生の前半は部活と予備校でストレスフルな日々を過ごしていたような。

夏休みは8—6時でクラブやって、そこから家帰ってご飯食べて

7-9時予備校で授業受けて、みたいな。

予備校、ものすごく嫌いだったし、友達もいなかったから

行くの苦痛だったけど、受験期は仲良い子も見つけて楽しんでいた(気がする)

 

今思うと物事の因果関係や人間関係などについて無知な

あまり賢くない子でした。笑

なにかと精神的ダメージが多い出来事が次々と起こっても

クラブは休まなかったし、学校も体調を崩さない限り休んだ記憶はありません。

 

その時「負けん気」と

「良い大学に行くために良い高校に行くために勉強を頑張ってる」の2点しか

自分の取り柄として認めれなかったのかもしれません。

自分を支えてたものって、それしかなかったような。

あとものすごくひねくれものでした。

 

いろんなことに気づかないふりをし始め

「本当の自分」から目をそむけ、偽り始めたのは中学校の頃からでした。

自分のストレスや悩み、世の中の理不尽さに対する自分の思いに

蓋をしたまま、誰にも話すことなく、高校へと進学してしまったのです。

 

[高校時代]

 

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新しい学校、新しい制服、新しい通学路、

新しい人間関係、新しい先生、新しい科目。

今までの自分を捨てて、生まれ変わりたい。

入学時そう本気で願っていました。

自分が望むもの、両親が望むもの、「良い大学」への切符を手に入れ

全てうまくいくものと思っていました。

 

高校1年生。

中学の時と同じように、友達が作れるか不安だったので

女子部員が多いオーケストラ部に入部。

一年生の時はちいさな人間関係の悩みも抱えつつ

それなりに勉強も頑張りそれなりに楽しんでいました。

 

高校2年生の夏。

登校拒否になってしまい、しばらくの間不登校になりました。

精神科に通いました。

 

未だにはっきりとした理由はわかりません。

 

あの時、自分が信じていたもの

自分が構築してきた「現実」「自分の世界」そして「自分自身」が

脳内で崩れ去っていきました。

 

「正常者」から「異常者」へ。

そんなレッテルを社会から貼られました。

周囲の人の態度が変わっていくのが目に見えてわかったし

後ろ指を指されることだってありました。

 

食べる・話す・寝ることができませんでした。

誰も信じることができませんでした。

自分でさえも。

 

この世から消えたいと思いました。

 

自殺しようとしたけれども

自分を殺す勇気なんてなかった。

 

でも本当に消えたいと思った時

 

「もし自分がいなくなっても、世界は回り続ける。

世界が何の問題もなく回り続けるならば

自分はこの世界に何かポジティブな影響を与えたい」

 

という、人生のどん底の状況から

自分の腹の底からの願望に気づくことができました。

 

そこから少しづつ少しづつ回復に向け

前に進みはじめました。

 

2年生の冬、両親・家族・担任の先生の助けもあり

教室に戻ることができました。

 

高校3年生。

国立大学にいきたかったが、ブランクもあり、私立大学を目指すことに。

受験勉強をしようとするが、集中力・体力が続かず、

両親と相談し、大学進学は一旦保留にすることにしました。

 

単位制の高校だったので

2/3以上出席すれば単位認定されるという制度をうまく利用して

無事に卒業することができました。

 

普通の高校生として過ごせなかった時間など

失ったものは大きかったけど

得たものの方が何十倍も大きかったし

何十倍も価値がありました。

 

高校2〜3年生は一番辛い時期でしたが

それまでやってきた受け身な、お勉強ではなく

本当に価値あることを本や人、自分自身から「自発的に」学べたと思います

 

偏差値など世間体を基準にして物事を判断していた私は

この時期から「自分のやりたいこと」に対して向き合い始めます。

 

[おまけ]

 

学校に行けなかった当時、日記やポエムを書いたりしていました。

未だに力強く語りかけてくれるものをここに貼っておきたいと思います。

 

medium.com

 

次回は[ふみおかあかねのこれまでの人生]フリーター・浪人〜大学3年春まで

です!お楽しみに〜